『毎日新聞』 1998年(平成10年)12月23日
ニュー電脳タウンMITAKA 未来占うSOHO

ついたてのような壁で仕切られた8平方メートルのスペースにパソコンが2台。ほかには電話、レンズの検査機器、参考文献が並ぶ本棚があるだけだ。「ちょっと出てきます。」受付の女性に声をかけると、永田信一さん(41)はメーカーの担当者に会うため、駅へと向かった。
JR中央線三鷹駅前。コンビニエンスストアが入る雑居ビルの2階に今月初め、個人業者など9社の小さなオフィスがオープンした。市の外郭団体「三鷹市まちづくり公社」が、自治体では初めて開設した[SOHOパイロットオフィス」だ。永田さんはバスで約20分かけて、やってくる。「入居者で情報交換もできるし、職住近接で仕事にメリハリがある」という。
スモールオフィス・ホームオフィス(SOHO)。自宅や小さなオフィスで、情報機器などを使い、ソフト開発や通信販売などさまざまな事業をするワークスタイルをいう。スペースは狭いが、九足で大容量の光ファイバー網によるインターネット接続機能、専門相談を受けるコーディネーターの配置など、ハード、ソフトともに充実している。
永田さんは1年前に脱サラし、自宅に「有限会社レンズ屋」を創業した。社長兼社員。「企業では上司の許可や調整がいる。自分の考えや力を試してみたかった」と、動機を語る。パソコンを使って産業用レンズを設計、販売する。情報通信網がいくら発達しても受注や設計図のやりとりは、メーカーの担当者に直接会うのが基本であることは、変わりはなく、永田さんがしばしば外出する。
SOHOがかかわる業種はさまざまで、形態もいろいろ。国内で600万人とも1000万人を超えるともいわれている人が関与する。中央線沿線はコンピューター関連の企業や大学も多く三鷹は都心に近い好立地に恵まれている。
職住接近の街作り
同市がSOHOに着目したのは3年前だった。急速な少子化、高齢化が進めば、税収は減る一方で、福祉関連の予算は増大する。「職住近接の街作りができる。災害時にもメリットがあり、定着すれば税収も期待できる」。安田養次郎市長は将来展望をこう描く。
パイロットオフィスの入居募集では、希望する234の事業所に申し込み用紙を配布したが、半数は女性だった。57件の申し込みに対し、書類審査と面接で9法人・個人の入居が決まった。入居者には女性や障害者、60歳以上の高齢者もおり、すそ野は広い。
アメリカでは、ガレージで操業開始したアップルコンピュータなど、大企業に発展した例も多い。新宿や銀座などでも、民間企業がオフィスを次々と開設している。SOHOのネットワーク作りを提唱している「SOHO GUILD」の河西保夫事務局長は「日本でも産業構造が変わり、雇用がなくなれば、失業かSOHOしかない。 SOHOに携わる人は爆発的に増えるはず」と断言する。
同市は来年、下連雀8に、これからSOHOに取り組もうとする人のための「SOHO支援センター(仮称)」を開設する。 SOHO集積の拠点作りへの挑戦が次々と始まっている。
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SOHOのほか、都内の自治体で最初の小中学校全校でのインターネット接続など、三鷹市で高速通信網を使った事業が次々と始まり、全国の注目を集めている。果たして、地域に根づいて発展することができるのか。「電脳タウン」の現状をリポートする。
